盾持人の古墳探訪記 (綿貫)観音山古墳4

盾持人の古墳探訪記 (綿貫)観音山古墳4

群馬県(綿貫)観音山古墳出土品

令和2年3月に、国の文化審議会から答申があり、
同年9月に、群馬県に新たな国宝が誕生した。
新たに国宝となったのは(綿貫)観音山古墳から出土した
全ての埴輪と副葬品(総数3,346点)。
その質と量に加え、国内屈指の高い歴史的価値が評価された。
〜東国文化副読本(ダウンロード可能)より抜粋〜

新春特別展
「新春 はにわ祭り」の前に常設展を見てきました。

国宝展示室に展示してある国宝を見て
「この埴輪どうに作ったんだろう?」と思いながら、
下や横の方から覗き込んでガラスに頭をぶつけたり、
きらびやかな副葬品に感動したり、
「この汚れ10円玉綺麗にするように
 ソースに浸しておけば取れるんじゃない?」と
国宝を国宝とも思わない扱いを妄想したりして堪能しました。

歴史博物館の帰り、(綿貫)観音山古墳を訪問しました♪

歴史博物館は、
2024年3月22日まで展示室の設備改修のため臨時休館します。
〜情報元:ぐんま広報 2月号 美術館・博物館などの催し〜

(綿貫)観音山古墳 (わたぬき)かんのんやまこふん

群馬の森 北入口より約850m
車で約2分 徒歩で約11分の所に
(綿貫)観音山古墳があります。

(綿貫)観音山古墳
(わたぬき)かんのんやまこふん

形状:前方後円墳
  墳丘長 約97m 高さ 約9.4m
  前方部 幅 約64m
  後円部 直径 約61m
  二段築成。二重の馬蹄形の周堀。
  葺石をもたない。

埋葬施設:両袖型横穴式石室
  玄室奥行 約8.2m 幅 約3.8m
  高さ 約2.2m
  羨道 長さ 約4.53m
  幅(奥) 約2.4m 幅(前) 約1.34m
  壁石は、ブロック状に加工された角閃石安山岩を
  積み上げた構造。

築造:6世紀後半

特徴:県内一大きい玄室
  見事な石組みの横穴式石室
  天井石が落下し、石室入口を塞いでいた為、未盗掘。
  大量の副葬品が出土。
  石室では棺が使用されず、
  被葬者の遺体は
  間仕切り石より奥の3.9m×3mほどの区画を屍床として
  横置きに安置。

所在地:高崎市綿貫町観音山1572外

いざ、石室へ!

今回、(綿貫)観音山古墳を訪問した目的は石室に入る事。

石室に柵がしてあり鍵がかけられていて、
勝手に入る事が出来ませんが、
南側駐車場のトイレの東側にある事務所?に石室見学を申し込むと、
団体見学が無い場合、石室の鍵を開けてもらい見学する事が出来ます。
(古墳の説明等もしていただけます。)
団体見学がある場合、団体見学が優先になります。
東京の小学校の社会科見学で来たりするとの事。
石室見学は無料です。

事務所?で石室の見学したい旨を伝えると、
係の人に石室の入口へ案内してもらい、
石室入口の柵の鍵を開けていただき、
石室入口の左側(石室入口から見て)で待機しながら、
古墳と石室の説明をしてくれました。

石室の壁は角閃石安山岩

この古墳が造られるほんの少し前、
榛名山が空前の大噴火を起こした。
噴出した軽石(角閃石安山岩)が、
旧子持村(現渋川市)付近では厚さ2メートル以上に達しているところも多い。
一方、榛名山麓の谷間には巨大な石が大量に崩落し、
利根川へと流れ出した。
そのすぐ後に、綿貫観音山古墳の豪族はあえて、よりによって、
利根川に流れ出したこの榛名山の角閃石安山岩を石室の壁石材に使って
横穴式石室を造ろうと考えたのである。
〜群馬の古墳物語 下巻 綿貫観音山古墳⑤より抜粋、要約〜

天井石は牛伏砂岩

天井石は多胡碑にも使用された牛伏砂岩(多胡石)。
重量は約22トン。
当たり前のコメントだけど「デカい!」。

県内一大きい玄室

石室の全長は12.5メートルほどで、
それ以前にもこれを上回るものはいくつかある。
問題は、豪族を納めた玄室の大きさである。
長さは約8.3m、幅は奥で約3.9mを測る。
ちなみに、それ以前の石室の幅は最大でも2.1m前後である。
この幅の大差は注意する必要がある。
石室の長さは、石を継ぎ足していけばいくらでも長くできる。
ところが幅はそうはいかない。
なぜかというと、天井に載せる石の幅は継ぎ足しがきかないからである。
それまでの天井石の幅の常識だった2倍のものを載せたわけである。
〜群馬の古墳物語 下巻 綿貫観音山古墳⑤より引用〜

角閃石安山岩を四角い形に加工

もう一つ画期的な試みがあった。
それは壁に積み上げた角閃石安山岩を四角い形に加工して積み上げたことである。
これもまた、まったく新しい試みであった。
当時最絶頂期にあった綿貫観音山古墳の豪族は、
意欲的・挑戦的な古墳づくりを目指していたことがよくわかる。
〜群馬の古墳物語 下巻 綿貫観音山古墳⑤より引用〜

どのような道具で角閃石安山岩を四角く加工したのかわかりませんが、
加工した時についた跡が現在も壁石に残っています。

天井石がデカい!

玄室より石室入口方面を望む

玄室より石室入口方面を写しました。
石室入口左側(玄室より見て右側)は、
石室の鍵を開けていただいた係の人が居たので全体を撮れませんでした。

とにかく玄室が広くて大きい!!
「あの副葬品がここにあったのか!」
「遺体は石棺に入れずここに寝かせておいたのか!」
とか色々古代妄想ができ、良かったです。

係の人と「埋葬者する人が死んでから古墳造っていたら間に合わない」点で
意見が一致しました。
ピラミッドみたいに埋葬者になる人が生まれたか
ある一定の年齢で古墳をつくりはじめたのかも、、、
ピラミッドみたいに公共事業みたいな側面もあったのかも、、、

石室見学お勧めします。

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