盾持人の古墳探訪記 白石稲荷山古墳2

盾持人の古墳探訪記 白石稲荷山古墳2

白石稲荷山古墳(しろいしいなりやまこふん) 外周

白石稲荷山古墳の後円部に登る道まで来たので
後円部墳頂には登らず、
古墳外周巡りをしようと思い、左回りで古墳を歩きました。

前方部から後円部墳頂へ

草が深いし、外周巡る道も無いので
早くも外周巡りを断念して
前方部の鞍部側近辺から後円部墳頂を目指します。

この古墳「でかい」って言うか「広い」です。

後円部墳頂

後円部墳頂に到着!!

後円部墳頂には
説明板と標識、白石稲荷山古墳の石碑2つがありました。

白石稲荷山古墳(しろいしいなりやまこふん)

白石稲荷山古墳の説明板を写しました。

白石稲荷山古墳(しろいしいなりやまこふん)

形状:前方後円墳
  墳丘長 約155m 3段築成
  周囲の地形を整形した段を含めた長さ 175m
  後円部径 90m 高さ 13.5m
  前方部幅 約80m 高さ 6m
  墳丘上部の斜面には葺石があり、
  中段の平らな面には埴輪列が巡っていた。
埋葬施設:竪穴系礫槨2(後円部)
    前方部にも埋葬施設あり
築造:5世紀前半
出土遺物:礫槨から銅鏡や大刀、装身具、石製模造品
    (石枕・坩[つぼ/るつぼ]・勾玉・下駄・刀子[とうす]等)
    など数多くの副葬品が出土。
特徴:2019年
  藤岡市と群馬県立歴史博物館と早稲田大学が
  共同実施した非破壊検査により、
  墳丘の全長が155m、3段築成で
  左右対称の整った形状である事が判明した。
  前方部にも埋葬施設が存在する事も確認された。
  5世紀初頭の古墳としては、
  東日本最大級の規模。

後円部墳頂より皇子塚古墳、平井地区1号古墳を望む

後円部墳頂より皇子塚古墳方面(北側?)を写しました。
赤城山などの綺麗な景色が見えましたが、撮影するのを忘れてました。

後円部墳頂より前方部を望む

後円部墳頂より前方部を写しました。

後円部と前方部の高さ問題

古墳時代(3世紀半ば〜8世紀初頭)
前期に造られた古墳は後円部が高く
後期に造られた古墳は後円部が低い。

白石稲荷山古墳は、中期(前半?)に造られたので、
後円部が前方部より高いです。

(HANIアプリ2 問題より)

七輿山古墳は古墳時代後期の古墳。
後円部と前方部が同じ高さ(16m)。
七輿山古墳が造られた後の時代頃から
後円部が低くなっていったのかなぁ?と軽く古代妄想。
なんで低くなっていったのかは自分の宿題にしておきます。

前方部墳頂?より南側を望む

後円部墳頂から
草むらの中を歩き、再び前方部墳頂?へ来ました。

丘陵に造られた事がよくわかります。

白石稲荷山古墳より下山

前方部墳頂より下山。

高い所に造られた白石稲荷山古墳。
遠くからわかるので存在感はかなりあります。

古墳はランドマーク的存在でもあったとの事なので
高崎の観音様(高崎白衣大観音)みたいな存在だったのかなぁとプチ古代妄想。
「おてんとうさまがみているよ」的な
「白石稲荷山様(仮称)が見ているよ」の
抑止力的なものもあったのかも、、、

後円部の桜が咲く頃、また来ようと思います。

毛野国白石丘陵公園もまだまだ整備途中。
↓下の画像に写っている辺も公園になり、
整備される予定です。
白石稲荷山古墳の外周巡りが簡単にできるように整備して欲しいです。
毛野国白石丘陵公園がどのような公園になるのか非常に楽しみです。

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