盾持人の古墳探訪記 山上古墳4

盾持人の古墳探訪記 山上古墳4

山上古墳(やまのうえこふん)

山上古墳(やまのうえこふん)

形状:山寄せ式の円墳
  直径:約15m 高さ:約5m
  葺石・埴輪は見られない。
埋葬施設:南西に開口する両袖型横穴式石室
    玄室部 長さ:2.7m 幅:1.8m 高さ:1.7m
    羨道部 長さ:3.3m以上 幅:0.9m 高さ:0.9m
    凝灰岩の切石が使用されている。
    玄室には中世のものとみられる
    馬頭観音像が安置されている。
出土遺物:副葬品については不明
古墳番号:多胡郡八幡村1号古墳
所在地:高崎市山名町山神谷2104

石室入口

前庭部 入口より見て左

前庭部 入口より見て右

山上古墳から山上碑覆屋を望む

山上古墳 石室の上付近を望む

山上古墳の横に山道があり、
古墳の丘陵を回り込んで山奥へ道があります。

山上古墳の丘陵の後ろから古墳方面を望む

丘陵の南斜面を利用して山上古墳ば造られてます。
南下B号古墳と似たような構成です。

古墳時代終末期の特有の立地らしいです。

山上古墳 全景

山上碑覆屋から山上古墳を望む

石室にも入ったし、外周も巡ったので
山上碑を訪問します。

山上碑(やまのうえひ)

山上碑(やまのうえひ)

造立:681年
所在地:高崎市山名町字山神谷2104
高さ:111cm 幅:47cm 厚さ:52cm
硬質の輝石安山岩を使用。
前面の平らな部分に、縦書き4行で53文字が刻まれている。
風化のため一部判読しにくい部分がある。
完全な形で残る日本最古の石碑。

銘文(現代語訳)
辛巳年(681年)10月3日に記す。
佐野三家(屯倉)[さののみやけ]をお定になった
健守命[たけもりのみこと]の子孫の黒売刀自[くろめとじ]。
これが、新川臣[にいかわのおみ]の子の
斯多々弥足尼[したたみのすくね]の子孫である
大児臣[おおごのおみ]に嫁いで生まれた子である長利僧[ちょうりのほうし]が、
母(黒売刀自)の為に記し定めた文である。
放光寺の僧。

※刀自:女性の尊称。
※臣・足尼:男性の尊称。

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