盾持人の古墳探訪記 十五郎穴横穴墓群(ひたちなか市)

盾持人の古墳探訪記 十五郎穴横穴墓群(ひたちなか市)

十五郎穴横穴墓群(じゅうごろうあなよこあなぼぐん)初訪問

虎塚古墳(とらづかこふん)の近くの標識で、
十五郎穴横穴墓群が近くにある事を知り
訪問しました。初訪問です。

虎塚古墳より約260m 徒歩で約4分の所に
十五郎穴横穴墓群(じゅうごろうあなよこあなぼぐん)があります。

十五郎穴横穴墓群(じゅうごろうあなよこあなぼぐん)

十五郎穴横穴墓群(じゅうごろうあなよこあなぼぐん)

十五郎穴横穴墓群は古墳時代終末期から奈良時代にかけて作られた横穴墓群です。
指渋(さしぶ)地区、館出(たてだし)地区、笠谷(かさや)地区
それぞれに存在する3つの支群から構成される。
2014年度までの調査で計272基の横穴墓が確認されており、
総数は300基を超えると推測されているが、
正確な数はわかっていない。
出土品
 指渋支群 人骨のほか、須恵器、勾玉、切子玉など
 館出支群 鞘尻金具、帯取り金具、方頭刀子、蕨手刀

刀子は正倉院所蔵品との類似品が見られる。
また、蕨手刀の発見は茨城県内で2例目。

十五郎穴という名前は、昔、曽我兄弟(五郎と十郎)が
ここに隠れ住んだという伝説からとされている。

2023年10月20日
遠見山古墳、愛宕山古墳が総社古墳群として
国指定史跡になったと同時に
十五郎穴横穴墓群も国指定史跡になりました。

横穴墓

台地の崖の所に横から穴を掘り、つくられているものを横穴墓といい、
群集していることが多くあります。

横穴墓で真っ先に浮かぶのが
「吉見の百穴」(よしみのひっけつ/ひゃくあな)です。
小学生の時に修学旅行の帰りに行ったのと
その後一回位行った程度なので、
ほとんどどんな形か覚えていません。

横穴墓

横穴墓は玄室・羨道・前庭部などから構成されており、
古墳の横穴式石室と類似した構造になっています。

間近で見る横穴墓は凝った造りになっていました。
横穴墓自体、古墳時代終末期に多い事も古墳の資料等で知りました。
てっきり古墳時代の始まる前のタイプのお墓で、崖に穴掘っただけと思っていました。

虎塚古墳から十五郎穴横穴墓群への道

虎塚古墳から十五郎穴横穴墓群への道は寂しく
猪でも出てきたらどうにしようかと思いながら歩きました。
一本道なので帰りも同じ道を通ります。
明るい時の訪問をお勧めします。

すれ違ったのは一人のみで、
その人に駐車場で那珂川で拾った瑪瑙(めのう)をもらいました。
その人は石のマニアで
ひたちなか市埋蔵文化財調査センターの
展示資料に石関連の資料が少ないと憤っていました。
勾玉などを期待していたのかも
色んな見方(マニア)があるんだなぁと感心しました。

十五郎穴横穴墓群よりひたちなかIC方面を望む

十五郎穴横穴墓群 指渋地区から
ひたちなかICが見えたので写しました。

国指定史跡になってどのように変わるのか?
気になりますが頻繁に行ける所ではないので、
機会があれば確認したいと思います。

説明板が説明石になるかも、、、

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