盾持人の古墳探訪記 八幡原A号及びB号石槨

盾持人の古墳探訪記 八幡原A号及びB号石槨

八幡原A号及びB号石槨 初訪問

玉村町に用事があったので、
時間の合間に行ける所を探して
「東国文化副読本」(ダウンロード可能)
西部エリア71番
八幡原A号及びB号石槨
(やわたばらAごうおよびBごうせっかく)
を訪問しました♪ 初訪問です。

副読本のざっくりした地図とスマホの地図アプリで到着しました。
わかりづらい所にあったので、少し迷いました。

食品加工機械を製造している会社の敷地内と思われる所にありました。

八幡原A号及びB号石槨

八幡原A号及びB号石槨
(やわたばらAごうおよびBごうせっかん)

この石槨は、高崎市教育委員会が昭和49年10月から実施した
若宮古墳群の発掘調査により発見された。
この古墳群は、非常に古墳が密集して築造されているのが特徴で、
17基の古墳と26基の石槨が検出されている。
古墳の年代は5世紀中葉から6世紀後半にかけてのものと推定され、
17基の古墳のうち9基は横穴式石室を持つ。

このうち15号墳の主体部がA号・B号の2基の石槨で、
検出時は扁平な河原石を葺石に用い、
その上を白色粘土で覆った未開封の状態であった。
石槨内からは副葬品として
A号石槨から鉄剣2本・鉄製刀子1本が
B号石槨から鉄剣1本・鉄製大刀1本が、出土している。
石槨の規模は、
A号が長さ167cm、幅28cm
B号が長さ150cm、幅26cmである。

15号墳は、周堀・葺石を有する径約10.3mの円墳で、
円筒埴輪・形象埴輪が出土している。
築造年代は、副葬品や円筒埴輪から5世紀中葉から後半と推定される。
後に他の古墳を築造するために、墳丘の多くが破壊されている。
〜説明板より〜

柵の中は枯れ草で何があるのか分かりませんでした。
見るものがあると期待していただけに
ちょっと残念。

本来なら下の発掘調査時の写真の石槨のようなものがあったのかも、、、

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