盾持人の古墳探訪記 お富士山古墳

盾持人の古墳探訪記 お富士山古墳

お富士山古墳(おふじやまこふん)訪問

長持形石棺(ながもちがたせっかん)を
久しぶりに見たくなったので
お富士山古墳を訪問しました。

北関東自動車道
駒形ICより約3.8km 車で約7分。
波志江PAより約3.8km 車で約7分。
華蔵寺公園より約2.9km 車で約6分。
伊勢崎オートレース場より約1.7km 車で約3分。

荒砥川と広瀬川の合流する所の近くに
お富士山古墳(おふじやまこふん)があります。

北部環状けやき通り
両毛線の跨線橋からお富士山古墳と長持形石棺の覆屋が見えます。

お富士山古墳(おふじやまこふん)

お富士山古墳(おふじやまこふん)

形状:前方後円墳
  全長 約125m(群馬県8位)
  後円部径 約77.2m 高さ 約9.5m
  前方部幅 約83.2m 高さ 約5.5m
  3段築成。葺石・埴輪を備える。
  周堀を含めると全長 約192m
埋葬施設:竪穴系(石棺)
出土遺物:周堀より円筒埴輪
    墳丘より円筒埴輪・石製模造品
築造:5世紀中頃
特徴:前方部の一部は鉄道建設(両毛線)や
  土取りによって削られている。
  後円部墳頂に建つ富士神社近くに
  砂岩製の長持形石棺(県重要文化財)が保存されている。
  他の古墳から運ばれてきたという言い伝えもあるが、
  おそらくこの古墳で見つかったものと推測される。
所在地:伊勢崎市安堀町799外

長持形石棺(ながもちがたせっかん)1

長持形石棺(ながもちがたせっかん)

底石・側石・小口石で箱形をつくり、
かまぼこ形や山形の蓋石と合わせて6枚で構成され、
その形は衣服を入れた長持に似ています。

長持形石棺は全国で50例程度確認されています。
その多くは畿内のヤマト王権を代表する
大王の古墳などに用いられました。
関東地方では、お富士山古墳と太田天神山古墳のほか、
千葉県で2例知られているだけです。

お富士山古墳はヤマト王権と強い政治的なつながりをもった
この地域を治めた首長のお墓と考えられます。

長持形石棺2

お富士山古墳の長持形石棺は後円部にあり、
江戸時代に伊勢崎藩の関重疑(せきしげたか)が書いた
「発墳暦」や「伊勢崎風土記」に記録されるなど、
地元では古くから知られていました。

お富士山古墳の長持形石棺は、一部の蓋石がなくなっていますが、
側石や小口、底石に組み合わされるための溝や段が彫られ、
側石や底石の短辺に棒状の縄掛け突起が作り出され、
小口石の外側には方形の突起も見られます。

長持形石棺の大きさは
全長285cm 幅121cm 高さ115cm
重さは約6.8トンもあります。

平成14年度には、石棺の保存処理を行い、
保護のため覆屋を設置して現地公開しています。

前方部墳頂より両毛線

前方部墳頂付近に居たら、
近くの踏切の音がしたので
電車通過のタイミングで写しました。

鉄道も深くはないのですが好きなので
電車が来るぞってだけでワクワクしました。

前方部は両毛線で削られて、
線路の反対側の部分は平らになったみたいです。

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